月霜の樹林

La bave du crapaud n'atteint pas la blanche colombe...

【書評】彼岸の果てを望んで…  

 死者・行方不明者延べ19,000人(※1)。
 彼の忌まわしい東日本大震災から、もうじき5年が経とうとしています。
 最近では記憶の風化も進み全国ニュース等では取り上げられる事も少なくなりましたが、被災地では未だに行方不明者の「捜索」が定期的に行われ、また仮設住宅での長期生活や集団移転、原発事故による放射性物質の除染作業の経済的負担、雇用のミスマッチや復興格差等の新たな問題が生み出されつつあります。鎮魂の祷りは止む事は無く、慰霊碑には未だに新たな名前が刻まれる事もあります。

 今回は犠牲者追悼の意味も込めて、「彼岸と此岸の狭間」に纏わる作品を紹介したいと思います。
 
 □薄暮の海辺□  (にらぼし様)/対象Lv.4-6(実質的には対象Lv.無し)/NEXT専用

 見知らぬ浜辺に佇み、夕闇と共に忍び寄る何かから足早に遠ざかろうとする冒険者。その傍らには強い絆で結ばれた大切な仲間の姿がありました。明確な形を持たぬ不安と焦燥に苛まれながら、何も語らぬ仲間の手を引いて黄昏の浜辺を歩み続ける主人公は、やがて自分達が浸食されつつある小島に居る事に気が付きます。ひたひたと足元に迫る黒い波、背後から音も無く迫ってくる「重圧」の正体に気が付いた時、同行していた仲間が思わぬ行動に出ます。さて、冒険者達が居る浜辺とは?そして彼らは無事に帰還出来るのでしょうか…?
 依頼中に瀕死の重傷を負いあわや彼岸へと渡り掛けた冒険者と、その身を案ずる仲間の「霊的な旅路」を描いたにらぼし様の「薄暮の海辺」は、余計な演出や過剰な説明が一切無くサイレント映画の様な趣を持つ作品です。印象的に繰り返される波の音は太古の昔から続く生と死、即ち生命の流転を暗示する様ですし、行く先々に現れる謎の石碑には現世への道標となる問い掛けが刻み込まれ、また背後から忍び寄る「死」の気配を黒ずんだ波として視覚的に表現する等、様々な暗喩が紋様の様に織り込まれた作品と言えましょう。
 意識を取り戻し、再び安堵の眠りにつく冒険者。しかし大切な仲間と共に見る夢には彼岸への昏い道行きでは無く希望と生命に満ちた「朝」の浜辺が映る事でしょう。

 ※入手先:夢見る竜亭


 □此岸に帰るまで□  (Y+うみねこ様)/対象Lv.無し/本体ver1.50以上
 
 ふと喉の渇きを覚え目を覚ます冒険者、しかし身を起こせば其処は宿の寝台ではなく仄暗い運河を音も無く進む小舟の上でした。水を飲もうと黒々とした川面に手を浸した主人公を咎めたのは、何時の間にか乗船していた大切な冒険仲間。主人公の魂魄を冥界から連れ戻す為に人知れず奮闘し今は常世の大河を遡上する旅の途上だと言う、俄かには信じられない夢の様な話を聞かされつつ冒険者は仲間と共に光溢れる此岸へと還る船旅を続けます…。
 上記のにらぼし様主催「新春100kB祭り」に投稿されたY+うみねこ様の「此岸に帰るまで」は、あわや不帰の客と成り掛けた冒険者が冥界から救い出され、彼岸の淵を越えて戻って来るまでの顛末を描いた美しい短編です。やや説明的にはなるものの、船上での仲間とのやりとりは何処か深淵な哲学問答の様ですし、「時間の流れ」を象徴するかの様な冥府へと流れ込む運河の描写は、文明発祥の源流となったナイル川や黄河の様な大河を想起させます。各地に残る神話や伝承において「河川」は山嶺や洞窟等と並んで異界(霊界)への入り口とされる事が多いのですが、冒険者達が生きるCardWirth世界においてもそうした認識が無意識の下で根付いているのかも知れません。
 黄泉還りの旅路の最後に冒険者の眼に映った景色、それは果たしてどの場所のものだったのでしょうか…?

※入手先:新春100kBシナリオ祭り夢見る竜亭内)


 □交換日記□  (ゆめピリカ様)/対象Lv.無し/本体ver1.50以上

 一人旅の帰途、宿を借りる代わりに引き受けた小さな依頼。それは他界した同業者の遺品である交換日記を相手の女性へと届けると言うものでした。ですが、その宛先は聖北教会。生前はカルト信者であり死者の尊厳を踏みにじっていたはずの故人とはどう考えても相容れない場所でした。何処か腑に落ちない疑問を抱えながら街中を駆け回っている内に浮かび上がって来たのは、予想もしなかった事実。果たして形見の日記帳と遺言は無事に相手に届ける事が出来たのでしょうか?
 ゆめピリカ様の私家版シナリオ「交換日記」は、全編を通して宗教絵画の様な静謐な祷りに満たされた掌編です。SFに登場するマッドサイエンティストと同様、通常ならば悪役として扱われる事が多い死霊術師ですが、この作品では珍しく「幸福の絶頂から何もかも喪ってしまった」と嘆く女性を日記を通じて励まし立ち直る様にと促し続けます。また同作者様による「船出の歌を歌うという事」と同様に、本作品においてもPCを通してプレイヤーの死生観を問う場面もあり、各々のキャラクターが持つスタンスを通して一層物語に深い余韻を与えてくれる事でしょう。
 「君には未来を目指す権利がある。」そんな文通相手の想いに応える様に、勇気を出して新たな人生へと歩み出した女性の姿は筆者の目にもとても眩しく映ります。願わくば、震災で生命を落とした多くの犠牲者達にも、また愛する者を喪い、傷付き、絶望に苛まれている被災者の方々にも、このお人好しだった死霊術師の祷りが届きます様に…。

 ――合掌

 ※入手先:お米育ち犬
 ※2016/03/12:作品の入手先を修正しました。ゆめピリカ様、大変失礼致しました。m(_ _)m


※1 2016年2月現在、警察庁調べ。詳細は此方(pdf)。
 

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